風呂場と居間に2つづつ植木があって、毎朝、風呂の洗い場で大量の水を桶から入れてやる。花屋で買ってきた時より葉っぱも増えて、1月ほどで2〜3倍の大きさになった。子供の頃、テレビで見る神田川俊郎を愛のある人間だとは思わなかった。むしろ金と権力に魂奪われた似非料理人だという印象だったけど、料理番組の始めや終わりに神田川俊郎が言うてた「花に水、人に愛、料理は心」みたいな格言、48歳になった今、植木に水やったり、木綿豆腐に食べるラー油ぶっかけたやつぐちゃぐちゃしながら、なるほどなと腑に落ちる。ちゃんと曲を作って歌わなければ、今に私も生き地獄だ。
全然ブログ書けてないけど8月中頃。土曜の昼間に西成の釜晴れでライブさせてもらった。この日のライブはカニコーセンの曲をお客さんが一緒に歌う趣旨のやつで、そんなん一緒に歌う人なんか居るんやろか、恥ずかしくないんやろか、と思ってたら、みんな普通に大声で歌っていた。私はあまりカニコーセンリスナーに対して信頼の気持ちがなく、皆んなどうせ何かしら大人の事情でCD買ってくれたり、SNSにいいねしてくれたりしてんだろうと思っていたけど、わりかし歌詞ちゃんと覚えてる人も何人か居て、買ったCDちゃんと聞いてはるんやと驚いた、少しだけ。
翌日はバイトのあと神戸市中央区栄町の洋服屋さんa.armでライブさしてもらった。対バンは夜久一くん。夜久くんギター凄い上手なってた。機材の扱いも慣れた感じで、私のセッティングもええ感じにしてくれた。なんかプロっぽいなと思いながら夜久くんのライブを見てると嫉妬心からか急にアダルトチルドレンが発動し出して、思わずギャンギャン歌うだけのライブをしてしまった。まあいつもそうなんだけど。ライブのお金もらうときちょっと胸痛なった。
サブスクのお試しでタクシードライバーとキングオブコメディを見る。朝飯食いながら、寝る前に酒を飲みながら、2本見るのに10日かかった。映画は細切れで見るとあんまり面白くない。小銭と用事に追われてサブスク映画1本丸々通して見る時間もない。こんなんでええんだろうか。多分年金もほとんどもらえないし、死ぬ寸前まで何かしらのバイトをやってるだろうことを考えると、やっぱ地獄な気もするけど、ちょっと工夫でこの美味さ、神田川料理道場再放送してくれへんやろか、せめてYouTubeとかでも。
タクシードライバーの中でトラビスが、健康は気の持ち様、みたいなことを言うてたが、人間はやばなると玉砕精神みたいなこと考え持ちがち。私もそうゆうのに心当たりあるけど、変な加工肉はなるべく避けて、生野菜とラジオ体操を繰り返しながらゆっくり着陸体制に移れたらなと思う。けどこないだライブの差し入れでもらったコンビニのアメリカンドックめっちゃ美味かった。バイト先の営業さんと納品中の車の中で、安楽死について会話の際、どうせ安楽死するんなら、おっぱい咥えて窒息死したいですねで話まとまる。
人間はそんなに変われない思う、10歳くらいから。もしくは3歳くらいから。大人なっても変われない無意識、それがギャンブルや薬物と結合したら厄介だから、なるべく害なさそうなもの、ラジコンとか、山登りだとか、ヨガなんかも、そうゆうのに結合させたり皆んないろいろ工夫している。毎日が依存症との戦いである。心の葛藤は解決しなくていい、頭パンパン、背中ガチガチのまま踊り続けるのが格好いい、格好悪いけど。
8月31日。庄内のニューカレドニアでライブさしてもらう。対バンのモカリンさん、ファンの人らや友達が沢山集まっていた。モカリンさんがMCで言うてた仕事行きたくないなーって気持ち、私にだってあります、今もブログ書きながら。ブログだって本当は書きたくない。オレンジジュース飲みながら全裸で台所の床をゴロゴロしときたい。でももうそれってダメなときの高知東生と変わらない気がして、ちょっと無理してパンツだけ履いてみる。ローマは一日にしてならず。
翌日。昭和町のお蕎麦屋、夢KANさんでライブさしてもらう。夢KANのご主人さんとても面白い方だった。たまたまカウンターに神の河の瓶が置いてあって、なので一曲目で神の河ロックやったら物憂い感じどっと押し寄せて、めっちゃ暗いライブしてもうた。お店の常連さんも次々席を立たれて、残ってるのは見守り隊のみ、ほんで見守り隊の眉間のあたりを観察すると各々複雑な相が表れてて、あらまあ、知らず知らずにまた悪いもん出してもうてました、すんません。
今週末は島根で空空クラブのライブがあり、それの練習しに京都のサロンド毘沙門へ行く。朝9時の京都駅は白人だらけ。市バスも、五条坂も。島根で土日ライブすることになり、カニコーセンは土日とも、空空クラブは土曜日選曲弾き語り、日曜カラオケすることに。弾き語りの方、まだなんも用意出来てない私だが、なんとかなるのだろう。ほんと誤魔化しばかりの人生だ。
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